東北のいまvol.14 内閣府の支援事業で起業。 レストラン「バールリート」

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 大槌町市街から、右に海岸線を辿りながら東へ。漁港を過ぎたあたりで左の小道に入り、少し坂を登ったところに、木造のロッジが見える。濃い緑の看板が柔らかく太陽の光を反射させていた。看板の「BARLITO」の意味を聞くと、「もう何度説明したことか」とオーナーシェフの木村省太さんは笑った。はにかむように笑う口元が優しい。細身の身体に、カールした黒髪。

 釜石の県立病院で調理師として働いていた木村さんは、震災で職を失った。「おおつちありがとうロックフェスティバル」の開催に関わったり、「おらが大槌夢広場」が運営する復興食堂の厨房で働くなどをしながら、自身の店を持つ機会を模索してきた。2012年の9月、おらが大槌夢広場を通して、今の土地と仮設の小屋を借りる話が来た時、迷いもあったが、「これでやらないと、いつまたチャンスがあるか分からない」と決意。11月いっぱいで復興食堂を退職すると、三ヶ月後の2013年2月14日にイタリアンレストランを開業。事業資金は、内閣府の起業支援事業から210万円の助成を受けた。

 「BARLITO」は、バールリートと読み、「浜辺の食堂」を意味するという。そこには地元の人が気軽によって食事を楽しめられるように、という思いが込められている。

 取材した日は3月上旬。開業から一ヶ月に満たない。始めたばかりの経営業務や料理の仕込みで、早朝から深夜まで働きづめの一ヶ月だった。この日のランチも、全16席が埋まり、客が一度は入れ替わっていた。特にピザはオープン記念で半額にしていたのもあり、多い日は60枚近く売れるという。

 ピザ生地を混ぜ、下地を作ると球状にして発酵させる。夏なら1時間半で済むが、冬場は3時間かかる。それを冷蔵庫で一晩寝かせたら翌日、生地を伸ばして400度の釜で焼き上げる。1キロで8人前なので、毎日8キロ近く仕込む。大槌で初めてのイタリアンということもあるかもしれない。お年寄りから子供まで、ピザは大好評だった。「パスタもすごくこだわっているんですけどね」と木村さんは笑う。イタリアンにした理由は、自分が作るのも食べるのも好きだったから。

 この一ヶ月間は、今日と明日のことに追われていたが、地元から愛されていることを実感する日々でもあった。実は、防潮堤の盛土が始まるため、早くて今年の9月には、場所を移さなければいけなくなる。ただ、お店としては「これからサービスも料理も成長して、ずっと長く愛されるように育てていきたいです」と木村さんは話す。

 この日は、風が強く、雲の流れも早い。広い雲がしばらく陽を遮ったかと思えば、いつの間にか窓から陽がさし込み、見上げれば青空が広がっている。窓から外を見れば、BARLITOの看板にも描かれている、ひょっこりひょうたん島のモデルになったと言われる蓬莱島(ほうらいじま)。小高い丘が二つ連なった姿を見せていた。

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東北復興新聞』で連載している「東北のいま」のvol.14で岩手県大槌町のイタリアンレストラン「バールリート」を取材させていただいた時の写真&文章です。

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