齢80を越える菖蒲さんは、カゴと枝切りハサミを持って急な山の斜面を早足で降りていった。「そんなに急いだら危ないですよ」。そう言う私を振り返って、「はよ出さんと」と笑う。斜面を歩く足取りは、むしろ都会生活になれた私の方がおぼつかない――。目の前の老婆は、80という年齢が想像させる年「老いた」人とはどうやら違うようだ。
朝10時頃になると菖蒲さんを含む、農家の人たちの家に注文のファックスが届く。品目はたとえば、「朝顔の葉」「ジャンボもみじ」「あじさい」など。受注は早いもの順だという。菖蒲さんは携帯電話を片手に農協に電話をかけるが通話中の電子音。すぐさま通話を切り、リダイヤルするが、またもや通話中。電話をかけ続けるが、つながらない。徐々に不安顔になっていく15分後、ようやくつながり、笑顔が戻る。ジャンボもみじを一箱受注できた。「(午後)1時までに出さんとね」と、菖蒲さんはカゴとハサミを持って外に出た。
葉っぱは農協を通じて都市に出荷され、中央市場を通じて、多くが料亭やホテルの食事を彩る「つま」として使われる。徳島県上勝町が町ぐるみで取り組むこの事業は操業から約15年。わずか4人で始めたというこの事業は今や100人近くが関わる町の基幹事業の一つである。この事業の名前は「いろどり」。
徳島県上勝町の高齢者は全体の約44パーセントを占める。しかし、寝たきり老人が数人しかいないというのは興味深い。少子高齢化を迎える日本では、福祉が議題に上がることも多いが、老人ホームやデイケアセンターの充実を図るだけが福祉では決してない。それは「いろどり」農家の人達を見ていて自ずと分かる気がする。「産業」が人を生かすことも留意すべきだろう。
「いろどり」はしばしばメディアに取り上げられる。話題性を考えるなら不思議ではない。その多くが「中には年間で1000万円も稼ぐおばあちゃんも―」というものである。もちろん間違いではない。ただ、私には何よりも笑顔に引かれた――。こちらが思わず笑みをこぼさないではいられない、あの笑顔は、各人が生きがいになるような職を持っているから――、受注が取れる・取れないで一喜一憂し、どの葉っぱが売れるか予測し、刈り取りで体を使い、良品を見極め分別するプロの厳しさを実感するがゆえに得られる達成感を知っているからこそ生まれるのだと思ってやまない。